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チェンマイ大学での貢献 (14)

伊藤信孝

チェンマイ大学客員教授・工学部

 

 筆者が三重大学とチェンマイ大学をはじめとするタイの6つの大学との間で国際インターンシップ事業実施協定を締結したのは2000年初頭であったかと記憶する。文科省が国内インターンシップ事業推進に支援の姿勢を見せ始めた直後に、この事業の国際展開が意味あると判断したからである。国内の産業空洞化で多くの日系企業が生産拠点をアジアに移していた。聴くところでは大手企業ですら社員の出向派遣に先立ち23ケ月の事前研修を施していると言う。ならば大学生を在学中にこの事業に参加させればとの思いであった。

相手国事情や語学、異文化、スキル・アップと効果は大きい。すべての学生に必修科目としての単位化は無理でも、そうした人材育成事業と位置づけることで、大学と学生の社会的信頼と評価を高め、就職雇用の機会を飛躍的に広げることができると判断したからである。このことは企業に取っても好都合で、即戦力となる人材雇用を可能にすることにつながるからである。受入企業にとっては人材発掘の好機ともなる。受け入れに経費は要るが投資でもある。企業が望む人材育成の底上げにもなる。当時は鳥インフルやサーズなどの騒ぎで海外渡航が制限されるなか、タイの工業団地を訪れ受け入れの可能性について尋ねた時の反応は、事業の主旨に賛同は得られるものの本社の意向を待たねばならず明確な答えはなかった。現在は理系のみならず文系の学生もわんさとやってくる。しかし残念ながら筆者の考えた事業とは程遠い感がしてならない。最近国際インターンシップ事業に参加する学生に面接し助言した。その内容を以下に示す。

1)必ず1着のフォーマル・ウエア(背広とネクタイでの正装)を持参すること

 事業参加の最初と最後には必ず受け入れ先での挨拶と報告が必要である。また滞在期間中に慶弔のイベントに遭遇する可能性もある。このような場合は必ずスーツとタイを着用して参加するのが社会常識である。インターンシップ事業はアカデミックなスキル・アップだけではない。相手(国)企業、国際感覚、社会常識を現場で、しかも肌で学ぶ事業でもある。自己の事業参加目的を明確に説明し、受け入れに謝意を表するのは至極当然である。事業の終わりには発表会、報告書の提出、その評価と単位化がセットである。ネクタイも持たずジーンズとスニーカしか持たずでは事業参加への認識を疑われる。スキルアップを通じての人材育成と言う視点が抜けている。このような事業なら大学が関わる必要はないからである。

2)英語でのコミュニケーション能力を十分に高めておくこと

 日系企業での研修といえどすぐに日本語ができるわけではない。共通言語はやはり英語である。十分過ぎる程の能力を準備していくことが将来にも効果を生むことを説いている。かつて中国とタイに留学したいという学生が筆者を訪ねてきた。そこで英語はどこまで出来るかと尋ねると「何故英語が必要ですか?」との質問が返ってきた。「相手大学で授業に参加していてわからなかったらどのように質問しますか、何語で尋ねますか、中国語でもタイ語でも十分にコミュニケーション出来るのなら問題はないのですが、充分でないのなら代わりの言語がないと困るのでは?」と尋ねると彼らは沈黙した。少なくとも1ケ国語は何とか使えると言う状況での留学が必要である。米国の大学への留学ではTOEFLTOEICなどの基準を定め、それ以上のコミュニケーション能力を課している。その理由の一つは特に理系の場合は実験を伴い、指導教員の注意や指示が正確に理解できないと事故に繋がることがある。材料の加工に先立ち、機械の取り扱いについて問いただすと「使い方はわかっているから心配ない」などと答えるから許可すると、しばらくして他の学生から「旋盤の回転方向を逆に回して、切削ができないと言っている」との連絡が入ったので見に行くと、報告通り逆に回して操作している。大事に至らなかったから良かったが、こうした誤解や知らないにも関わらず見栄を貼るプライドからくる曖昧で虚偽の返事が大事故に繋がる可能性もある。

3)受け入れ側でのスピーチの内容を常に準備しておくこと

 受け入れ側(一般に協定大学を窓口に、受け入れ企業、機関を紹介される)では必ず自己紹介を含めた挨拶が必須である。挨拶の中身として特に参加目的の明確化がモチベーションの高さを強調するので十分過ぎるほどの準備が重要と説いている。日本語で挨拶をと言う積極的な学生もいるが、「やるならメモ無しで出来るほど練習してからやれ、冷やかしで如何にも積極的にやっているという姿勢はとるな」と注意している。

4)必ず謝意の表示を忘れないこと

 受け入れに謝意を表し、事業終了、帰国後もせめて1通のお礼状を書けと説いている。最近では教員も含めて来っぱなしで、帰国したらそれで終わりと言うパターンが多い。筆者が学生時代の50年前の米国研修旅行の機会を頂いた派遣機関の事前研修では「はがき1枚で良いから礼状 (Thank you card) を書け」と教わったものである。いまでも心して対応している。

5)異国の地にいると言う認識を忘れないこと

 平日は研修プログラムに熱心に従事することは当然であるが、休日、週末は自分の時間が取れる。しかし異国にいるという危機管理を忘れるなと説いている。どこに行くかを常に受け入れ側の関係部局に報連相(報告・連絡・相談)すべきである。事故や事件に巻き込まれると本人のみならず受け入れ側が責任を問われる。"You are in their hands" (あなたは受け入れ側の手中にある)ということを忘れるなと言って聞かせている。

 特に、1)の項目については異論があるかと思うが、基本的に教員は常に学生に対し「良き模範的例を示す」ことと心がけている。ここでは公式衣装を何故用意する必要があるのかについて経験談の一つを示し読者に判断を任せたい。1983年に2週間米国の学会から旅費滞在費のすべてを負担するから来てくれとの招待を受け、恩師と招聘に応じた。滞在中に宇宙産業に関わる大手企業訪問の機会を得た。当日の待ち合わせの場所に行くと恩師はスーツにネクタイ着用の姿であった。現地は未だ暑さも残っていて筆者はネクタイはしていたがスーツは着ていなかった。師も「暑いのでスーツは不要だったかも・・・」と言っておられた。しばらくして案内してくれる2人の教授が車で現れた。やはり筆者と同様スーツは不着用であった。師は「やっぱりスーツは不要であったか」と呟かれたが、相手企業に到着すると2人の教授は車のトランクから背広を取り出し着用して建物に入った。結果として背広不着用は筆者のみとなり、恥ずかしい思いをしたことを覚えている。考えてみれば正装での訪問は常識であり、建物の外は暑くても中は空調が効いている。この貴重で苦い経験から、学生には企業を含む諸機関訪問にスーツとネクタイの必携を指導している。暑ければ脱いで持っていけば良い。「必要に応じていつでも着用できる準備をしておけ」と言う意味である。学会、シンポジウム参加においても1着のスーツとネクタイ必携を教えている。このような事前研修を実施している大学は現今では極めて稀なようである。学生を送り出してその人数をカウントし「みかけ」の実績稼ぎや評価向上もどきが目的とも受け取れる国際交流事業が多いのは寂しい限りである。

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     図1 インターンシップ参加学生へのオリエンテーション助言と指導

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