チェンマイ大学での貢献 (18)
伊藤信孝
チェンマイ大学客員教授・工学部
チェンマイ大学に招かれて以来2016年でほぼ9年目を迎える。ここではこの間の経験をもとに日本の大学との比較、特に国際交流事業について思うところを記す。筆者が滞在している宿泊施設は工学部の施設であり、1階に家族部屋が4室、2階に個室が8室ある。主として学生は個室、教員(外来講師など)は家族部屋に宿泊する。
家族部屋は広く多少の誇張もあるが床面積にして約100平米はあるかと思われるほどの広さで、寝室、シャワー、トイレ、居間(冷蔵庫、湯沸かしポット、オブン、流し、TV)から成り、備え付けの洋タンスが有る。週に1回係の女性が定期的に清掃してくれる。急に掃除をして欲しい時はそのための掛札を提示しておけば良い。宿舎は学部内にあるから自分のオフィスまで徒歩5分、隣に食堂があり、その向かいはバスケットボールのグランドである。洗濯機は共用で2階に2台ある。流石に2階の8つの個室にはシャワー、トイレはなく、大容量の冷蔵庫、洗濯機、オブン、ポットは共用である。基本的に自分で調理も可能である。共同研究、インターンシップ、短期交換留学などで訪れる学生の宿泊にも利用されている。日本の大学にも古くから、あるいは伝統的にОО会館などと呼ばれる宿泊施設が見られるが、老朽化とコミュニケーションの問題で外国人は泊めたがらない。最近ではモダーンな宿泊施設もあるが、いまいち利用に際しての手続きがややこしい。利用率が少ないから、いざ客が来るとなると事前にチェックして清掃する必要がある。クーラーやTVのリモコン電池が期限切れというケースも多々ある。筆者はこの工学部の宿泊施設 (Engineer Homeという) での滞在を許可された時に更に2つの要望を出した。一つは衛星放送が視聴可能、もう一つはインターネット接続が可能にして欲しいというものであった。筆者のためでなく、将来的にこの2つが国際交流事業推進には必携と強く要望して実現した。今ではごく当たり前の設備であり、どこでも受信可能なWiFi機器設置が未だに増加の必要性にあることが、その時の判断の正しさを証明支持する結果と成っている。衛星放送は短期間であれ、身の周りで何が起こっているかを迅速に知っておくことが重要であり、長期滞在で講義担当もしなければならない教員には正確で迅速な情報入手が資料作りに欠かせない。国際交流事業におけるこの種の宿泊施設は必携不可欠である。日本では多額の予算をとっても宿泊費で半分が消える。予定変更に伴う宿泊先予約も煩わしい。学部レベルでこの種の施設があることだけでも既に日本の大学を超えている。宿泊が無料か有料かはケースバイケースであり、1年間無料で滞在した日本人学生の例もある。インターンシップ参加で来たが、受け入れ側と話が通っておらず、たちまち立ち往生となった文系学部の学生でも大学レベルの協定を考慮し、急遽1ケ月もの間無料で宿泊させた例も少なくない。国際インターンシップについては他でも書いたが、送り出す側の大学から事前研修なしにやってくるから効果的な結果を得ているかどうか疑問に思う。本来学生を相手大学に派遣するきっかけは教員が指導的につながりを持ち対応するのが一般的である。国際学会やシンポジウムで知り合った相手国の大学の教員と専門性、研究における共通の興味、学年や派遣期間を確認または調整し、殆どお膳立てができた時点で正式に事務手続きに入るのが常道である。さすれば相互理解の不十分でたちまち応募した参加学生が訪問先でその日から露頭に迷うことにはならない。アセアン経済共同体発足に先立ち、少なくともタイの大学では学部、大学院とも2年をかけて学期の始まりを2ケ月うしろにずらした対応をしている。すなわち本来6月に始まる学期が8月からになったわけである。そうした情報をいち早く入手し対応している日本の大学はどれほどあるであろうか。事務サイドがアナウンスし学生に応募をかけて送り出しているケースも見かけるが、相手の大学の正確な情報を調べもせずに応募に対応するから問題が起きる。受講したい講義の単位を時には滞在期間中に取得できなくなることや、単位が未修得になると帰国後さらに留年せねばならなくなる。授業料返還などの対応も生じる。金銭で解決できる間は問題ないが留年に掛かると補償という複雑な展開となる。教員が相手大学の教員と主導的に打ち合わせた後に学生にガイダンスすればこのような事態は少なくとも回避できる。残念ながら日本の大学がアジアやアセアンを理解して国際交流を展開しているようには見えない。
そこで以下の研修事業を提案したい。日本人学生と事務を対象に1ケ月程度のインターンシップ研修プログラムを相手大学で企画する。目的は相手大学を知ることにある。内容としては訪問(滞在)期間中に大学の事務機構、施設、講義を見学の参観し、相手国事情や異文化交流講義と関連のイベントへの参加を義務付ける。学生は相手大学の学生と事務は事務同士聞きたいこと、知りたいことを話し合う。コミュニケーションができないなら英語と日本語のバイリンガルで対応する。英語ができなくても苦にならない。相手国と相手大学を知り理解するという「実」を採ることに重点を置く。筆者の見積もりでは航空運賃を含め1ケ月滞在に要する経費は約15万円程度と算定する。国際航空運賃が約9万円、1ケ月滞在費が3万円、事業参加経費として3万円とすれば日本からの参加者にとってはそれほど大きな負担にはならない。季節によっては航空運賃だけでも15万円という場合もあるからである。参加経費の負担義務付けがないと参加者の真剣さが失くなり、自由勝手に行動し、事業目的を達成することができなくなる。最終章では報告書の提出、口頭発表に基づく評価があるからである。公的資金を使う限りそれに見合う義務が生じる。さらに講義資料準備のための経費も必要である。筆者の目論見ではこうした企画を年間4回ほど相手大学との合意のうえで実施すべきと考える。学生の海外思考の高揚、事務サイドの研修の両目的を達成し、事務と近未来に訪れるであろう留学生の双方が顔見知りになることで受け入れ手続きも円滑に進む。事務同士の親交推進も効果を生む。さらに相手大学の学生、事務の参加も積極的に推進することで、彼らの日本の大学、日本の国への興味増強、海外留学のモチベーション向上を図ることもできる。日本の大学が事務職員を研修で派遣してくる例もないことはないが、その大半は1回限りで後が続かない。その理由を筆者は熟知しているが、披露は次の機会に譲る。このような話をかつての大学事務の知人(OB)にしたら、「そのような経費があるのなら、大学では事務の研修に使わず研究に回せ」ということに多分なるであろうとのことであった。この時、常に問題視されるのは、如何に指導者(学長)が責任を持った覚悟で決断するのかに集約される。指導者は組織を代表するサーヴァント(召使、公僕)であり、常に「何のために、誰のために」と言う意識を堅持していなければならない。公人ともなれば公を51%、私を49%とする心得が常識である。イエスマンを作り自らの地位の確保を目論む指導者が多いのは残念なことである。
図1 工学部が管理する宿舎 図2 隣接する食堂の内部
図3 食堂の外観 図4 宿舎に隣接するバスケットボール場